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正式には、旧熊谷陸軍飛行学校桶川分教場 という名称のようだ。
こちらで説明をして下さる方の中には、約70年前・・・実際に元特攻隊に所属されていた方もいるようです。

以下、HP より抜粋させていただきました。

桶川飛行学校は、昭和10年開設された熊谷陸軍飛行学校の桶川分教場として、昭和12年6月3日に開設されました。

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敷地内には、教室・講堂、将校室、事務室、医務室などがある本部と呼ばれた建物に、学生の宿舎が併設されており、風呂場・食堂棟、便所など、10ぐらいの木造建物で構成されていました。

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兵舎の中は、資料が展示されていた。

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飛行機は、複葉機(上下2枚の翼)の95式Ⅰ型練習機で、機体がオレンジ色に塗ってあったことから「赤トンボ」と呼ばれ、20機ほどありました。
とあり、模型が展示されていた。
近くの河川敷には、実際に飛行の練習をしていた滑走路も併設されており、現在はホンダエアポートとして使用されている。

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そう言えば以前行った「筑波海軍航空記念館」(の記事はこちら) でも「赤とんぼ」が使われていたっけ

当時の資料は写真が多数あって、リアル感が湧く。

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この辺りに展示されているのは、全て当時の物。

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佐藤曹長 の日記(遺書)の内容が・・・
途中抜粋
「待望の日は遂に来た。特別攻撃隊の一員として悠久の大儀に生く。・・・・・
 父上、母上様も御喜び下さい。軍人としての修養は、ただ立派な死に場所を得るにあります。最期まで操縦桿を握って死ねる有難い死に場所を得ることができ、新平幸福感で一杯であります。・・・」

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子供にこんな手紙をもらった親が喜べるものか!!

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戦争末期のこととはいえ、将来ある若者たちの貴重な命をこんな風に扱った国の理不尽さにどうしても・・・


施設編 に続く・・・


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2015.05.07 Thu l 白たい珍道中 トラックバック (0) l top

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