終戦記念日が近いので 一枚こんな写真を

以前から足尾の歴史や遺構が大好きで探索に行くのはもちろん、足尾に関する古い資料や古ハガキを収集している。
そこで先日 ヤフオクで戦時中の写真を見付けて落とした{%チョキwebry%}
これはハガキではなくて写真。サイズもLL判より大きい感じ。
『足尾 古河橋前(赤倉広場)での兵士出征祝見送り行進の様子』
古河橋の右奥は「製錬所」があり、左奥には「本山病院」がある。足尾マニアならすぐに分かる光景だ((笑))
画像


足尾の写真は、製錬所や選鉱所、坑口等の足尾銅山の繁栄を表した写真はたくさん出回っているが、なぜか町並みや人々の「生活」を写した、写真がほとんど残っていない。足尾銅山稼働中は、あの小さな町に3万を超える沢山の人が住んでいたのにオカシイ。

で、少し前に見付けたのがこれ。これは貴重だわ~
今では当時の10分の1以下の3千人を切ってしまった足尾の人口。鉱山で栄えた“鉱山都市”に、閉山後の過疎化は避けられない運命である。

この写真をジーッと見ているといろいろな思いが溢れてくる。
ここに写っている、出征しなければならない男達。見送らなければならない家族達。
嫌でも笑顔で『バンザーイ』と唱えなければならない理不尽さ。
そんな時代だったのだ。
家族はどんな思いで見送り、出征兵士はどんな思いで任地へ赴いたのか・・・そう お国の為に。
それらの中から一体どれだけの人達が生きて帰って来られたのか・・・

ここに写っている子供達の表情。
切ないなぁ。

そしてこの写真の、古河橋のすぐ手前に置いてある大砲みたいなものはなんだったんだろう・・・?
これを撮った人に話を聞いてみたいが・・・まぁ どんなに願ったところでかなわぬ夢だろう。

いずれにしても、戦争は絶対にイケマセン!

AUTHOR: 1192
DATE: 08/05/2012 02:58:37 PM
へーまだ 1/10の3千人近く住んでるんだ。
鉱山によっては、閉山と同時に住人がゼロに
なった鉱山もあるんだけど
さすが、日本におけるNO,1の鉱山だねー

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2012.08.05 Sun l 足尾 ・ わ鉄 l コメント (5) トラックバック (0) l top

コメント

1192さん
確かに まったくの無人になってるところもたくさんありますよね・・・。
しかし足尾も施設は解体され、社宅はどんどん壊され、住民は高齢化してますし・・・着々と減りつつあります。
なにか対策はないものでしょうか
2012.08.05 Sun l 白たい. URL l 編集
とちさん
すごいでしょ~ 
足尾にこれだけの人が写っている写真はほとんどありませんからね。貴重ですよ!
>ところでここに何人いるか数えましたか
ハッハッハ(^▽^)
今度数えてみます♪ マジで!
2012.08.05 Sun l 白たい. URL l 編集
ゴトゥーンさん
そんなこと全然ありませんよ~
どんなものに関しても 人の見方、考え方には人の数だけあるものです。色々な考え方があっていいと思います。
追:『呉市内徘徊』拝見させていただきました。
  「旧海軍呉鎮守府」素晴らしいですね~
  見るからにイギリス積み と言った感じですが(笑)
  いずれ、私も見に行ってみたいです。
2012.08.05 Sun l 白たい. URL l 編集
あそこは見ちゃダメですよ~(照)
今回はだらけてたけど、昔は写真に専念した時もあったんですよ。
ブログカテゴリーから「広島の旅2008」を選ぶと、似たコースでマトモな写真が多いですよ。
そんなに遠くないので、是非♪
2012.08.06 Mon l ゴトゥーン. URL l 編集
ゴトゥーンさん
まぁ ご謙遜を!
あれで だらけてたなんて、自身なくすじゃないですかぁ。
ゴトゥーンさんの写真は、趣向が似ているせいか?(笑)
赤レンガ建築といい、軍艦島といい、なんとなくそそられるものがあります。
広島は修学旅行以来ですが、マニアックな場所もたくさんあるんですね。
2012.08.06 Mon l 白たい. URL l 編集

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